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===【表題】===
適応障害、リストカット、自殺未遂を克服
≪一月新春練成会体験感想文−2≫
T.Y 26才
2007/1/21
解説・・・・楠本加美野

===【解説】===
□ 厳しい実家を離れ、憧れの一人暮らし

 私の家庭はしつけが厳しく、禁止事項が多く、
高校生の頃から家を窮屈に思っていました。
早く家から出たいと思っていました。


 しかし、大学を受験する際、両親が出した条件は
「家から通える国公立の大学」でした。
仕方なく大学は家から通えるところに行きました。


 就職こそはと心に誓いました。
就職先は両親に内緒で決め、
内定を頂いてから初めて報告しました。
両親を必死で説得しました。


 生まれて初めての一人暮らしが始まりました。
東京は何もかもが新鮮でした。
美術館や博物館はたくさんあるし、
関西ではどんどん閉鎖されていく劇場も
東京ではどんどん建設されていて、
演劇好きの私にとっては夢のような世界でした。



□ 病気、適応障害、リストカット、自殺未遂を繰返す

 淋しい気持は心の奥底に押し込め、
気付かないように、仕事に打ち込み、
趣味にのめり込みました。


 しかしそんな生活が長く続く訳がありません。
3年過ぎた頃、次々と病気にかかり、
首つり未遂をして、適応障害と診断を下されました。
仕事も休職せざるを得なくなりました。


 薬を服用しても、
気が付いたら首をつったり、
リストカットしたり、
飛び降り未遂や国道に飛び出したりしていました。


 体重は2ヶ月で13キロも減少しました。
夜も眠れず、悪夢ばかりでした。


 病気になって4ヶ月目、
初めて両親に病気になったことを話しました。
すぐ実家に引き取られました。
ああ、一人暮らしに、東京に負けたと思い、とてもショックでした。


 実家に戻っても自殺未遂は続きました。
食事もあまりとれず、お菓子ばかりを食べていました。
生きている実感がなく、生きる目的もなくなりました。
毎日胸の奥が苦しくのたうちまわっていました。
もう気力も体力もなくなっていました。



□ 宇治へ導かれ親に感謝、リストカット・自殺願望なくなる

 そんな私の姿を見て母は地元の教化部へ相談に行きました。
そこで宇治を勧めれました。
私は家で良くならないから親から見捨てられて
宇治の山の中に捨てられると思いとてもショックでした。


 9月の一般練成会の時でした。
毎日寝ていました。
ようやく1日3食取れるようになりました。


 続けて10月、11月、12月と練成会を受けました。
両親と先生に
「自殺はいけないからしてはならない」
と言われたので、
とにかく約束を守るのに必死でした。


 ただ、リストカットはこっそり続けていました。
生きている実感を得るため、
体の中の悪いドロドロしたものを出すためと
勝手な逃げ口上をつくっていました。
「自殺するためじゃないから、このリストカットはしてもいいものなんだ」
と。
甘えです。


 しかしある時気付いたのです。
今まで親に感謝は当たり前だと思っていました。
一応生んで育ててくれたんだから感謝して当り前だと。
これは上っ面の感謝だったんだと。


 上手く文章では表現しにくいけど、
もっと深いところ、
親は子供が幸せであるだけで親も幸せを感じ、
永遠に偉大なる愛を子供に与えているんだと。


 そのことに深く感謝をした時、はずかしくなりました。
この体も命も親の愛に守られていて育てられたのだと。
私が勝手に傷付けてはならないんだということに気付いたのです。


 その時から私は刃物を見ても、
もうリストカットなんてしようと思わなくなりました。
無理に自殺への衝動もおさえることもなくなりました。


 母はほったらかしにされていた、
祖母の流産児さんを永代供養に出し、
一生懸命毎日供養していました。
私のお菓子への執着はなくなりました。



□ 神の子無限力があると思えば大丈夫

 今は半年間でくずれた生活リズムと気力と体力を
取り戻そうと生きています。
いつか神様から使命をもらい、
それを果たすために。
体力は食事と軽い運動から、
気力は神想観と聖経で付けていこうと思っています。


 私の中には神の子の無限力があると思えば、大丈夫です。
信仰心があれば、動かないものがあればまっすぐ生きていけることを知りました。
本当に生長の家にふれることができて良かったです。
ありがとうございます。


 リストカットをする子は、
心の闇の中にいて本気で死ぬつもりはありません。
生きている実感がほしいのです。
気付いた方は叱り飛ばさず、希望を与えて下さい。



【解説】

 家庭のしつけが厳しかった。
家を出たいと思っていた。
就職は東京で家を出ることができた。
3年過ぎ、さびしさより適応障害となった。
首つり、リストカットと自分で自分を苦しめていた。



『人類無罪宣言』P11に次のように書かれている。

 「罪(神の子たる実相の本然を包み顕わさざること)が
犯されるとその罪が許されるためには
病気にかかるとか、
貧乏するとか……
何事か自分が苦しまなければならない
という潜在意識的観念は
守護霊の心の中にも
人間自身心の中にも
牢乎(ろうこ)として抜きがたく潜んでいる」


 この体も命も親の愛に守られていて育てられた
と親に感謝したとき
神の子の実相があらわれたのである。


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