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===【表題】===
自傷行為になやむ人々のために・H.T(19才)
===【解説】===
「私の母は色々な事があって私を生んでからすぐウツ病になってしまいました。私は小学校の頃から繊細で学校のプレッシャーに耐えられませんでした。家に帰っても、父と母は私のことでもめたり、どんどん家族の仲は悪くなっていきました。母は私のために小さい弟も妹もいながらも一所懸命私が学校に行けるよう学校に相談してくれたり施設などに行ったりしてくれました。診断名は、分裂症の疑いだったそうです。
母は何もできず寝たきりの状態でどれだけ辛かったでしょうか。父もとても疲れていきました。後一歩のところで父を殺してしまうところでした。次の日、病院に連れていかれ隔離病棟に無理矢理入れられました。睡眠薬、安定剤など15個以上を飲んでいました。その頃の記憶はあまりありません。多分本当に頭がおかしかったんだと思います。ただ覚えているのは、隔離病棟の鉄で出来た頑丈な扉にちっちゃな手のひらサイズの窓があったことです。
その日、1ヶ月の入院生活が終りました。先生は別れ際に「あなたは退院するのは、もっとかかると思っていたわ」と言っていました。家に帰ってもやっぱり辛くてウツ病で寝ている母がすごく頭にきて毎日お母さんを殴り、蹴り、ひどいことを言う日々が続きました。
病気が良くなってきたある日、母が飛田給と宇治の練成会に続けて行ってくると言って、家を出ていきました。毎日、母が良くなりたいと頑張っている姿を見て母にあたらなくなりました。私はなんとか宇治に来て友達も出来たのですが、個室に閉じこもって泣いていました。「心から宇治が素晴らしいなぁ」と思い、私もこれ以上辛い思いをするのがイヤだと思い、真理を学び、神の子だと自覚して父母に感謝したい、と思って宇治に来ました。今回の練成会で段々神の子だと自覚してきて、辛い時もあったけど自分の変化がすごくわかりました。神の子無限力もわかったし、父母にも感謝を少しずつ出来てきたので絶対良くなるしかない世界なんだと思いました。
私は自分で自分の手足を切り刻む自傷行為を続けていました。今回ここに来た時、3月に講師の岡田先生に「舞ちゃんがどんなに自分のことを嫌っていても、神様を傷つけないで。神の子さんを傷つけないで。」って言われたのを思い出しました。「あぁ、私は神の子だから体を傷つけちゃいけないんだなぁ」と心から思いました。もう自傷行為は絶対しません。これからは帰って家族を大事にして真理を学び神の子だと信じて頑張りたいと思います。助けて下さった方々ありがとうございます。また宇治に来ます。お世話になりました。」
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